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1. はじめに

 本論文はフランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)が作曲した《アルペジョーネ・ソナタ イ短調 Sonate für Arpeggione und Pianoforte d-moll D821》(1824)(以下,同ソナタ)の専用弦楽器,アルペジョーネArpeggioneの特徴を検討し,演奏領域(レパートリー)の可能性を図ることを目的とする.

2. アルペジョーネ復元の動機

 ところで何故アルペジョーネに関心を抱き,楽器の復元までしたのか,その動機は甚だ個人的な嗜好にある.きっかけは友人からプレゼントされたレコードであった.それはチェロの巨匠,ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich, 1927- 2007)が演奏する,シューベルトの同ソナタであった .1)
 その何とも切ない情感が漂う演奏に魅了され,それ以来アルペジョーネの情報収集に没頭してきた.情報を収集していく上で不思議なのは,本来の楽器で演奏している記録がほとんどないことである.
 また代用の楽器で演奏するのが多い反面,19世紀当時のオリジナル楽器が極めて少ない点に疑問も感じた.どんな楽器なのだろう,その単純な疑問からスタートして情報を探し回ったものの,手掛かりは欧州の楽器博物館や工房などの写真しかなかった.
手に入らなければ自分で作ってみようと思いたった.無い物ねだりのような製作の出発から,試行錯誤の末にようやく自作オリジナルのOKモデル,そしてレプリカのアントン・ミッタイス(Anton Mitteis, 1824)を完成させた.

3.アルペジョーネに関わる三大Sの人物

 アルペジョーネに関わる人物には,偶然ながら頭文字のSが共通する3人の偉人がいる.
 一人目は,アルペジョーネという弦楽器を1823年に発明した,ギター工房のヨハン・ゲオルク・シュタウファー(Johann Georg Staufer, 1778-1853)である.
 二人目は,作曲家フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)である.彼はアルペジョーネのために書かれた,著名な唯一の作品《アルペジョーネとピアノのためのソナタ》を1824年に作曲した.
 そして三人目は,チェリストのヴィンセンツ・シュスター(Vincenz Schuster, 生没年不明)であり,1824年末,同ソナタを初演した.1824年末,シュスターは,ウィーンのディアベッリ社から教則本を出版し ,通算5回,同ソナタを併せて演奏している.2)

 同ソナタを作曲するきっかけや依頼には諸説ある.「同ソナタの作曲の依頼は,楽器製作者のシュタウファーだ」という説がある一方 ,「シューベルトに同ソナタの作曲を依頼したのはシュスターではないか」という説もある .

 アルペジョーネの楽器の記事が掲載された記録には,次のようなものがある.まず, フリードリヒ・アウグスト・カンネ Friedrich August Kanne(1778-1833)が,1823年『音楽報知新聞Allgemeine musikalische Zeitung in Leipzig』に「ロマン主義の悲しい死」と題する論文でこの楽器の解説をしている.
 そして1824年の同誌にもその説明がある.「ギターの形状に似て,大ぶりであり,巻きガット絃が張られている.弦は弓の中央部で演奏される.音色の美しさ,豊かさ,愛らしさで高音域はオーボエに近く,低音域はバッセトホルンに近い.容易に半音階のパッセージと重音の奏法ができる仕様となっている」 .3)
 三大Sの偉人のうち,作曲家シューベルトはこの楽器のためにソナタを1曲書いたが,若くしてこの世を去った.楽器はその後約10年間流行したようだが廃れ,現在は幻の楽器となっている.

4.アルペジョーネという弦楽器の概要

1)定義・特徴

 アルペジョーネは,『標準音楽辞典』(1991年版)によると,「チェロの演奏技術を応用したギター」4) .これは弓で弾くギター(bowed guitar)の直訳である.
 ニューヨーク・メトロポリタン美術館は,「弓で弾くフレット付ギターの弦楽器(Chordophone-Lute-bowed-fretted)」などと,いずれも簡潔に定義している .
 ヒルマーはアルペジョーネの特徴を次のように的確に述べている .
 「アルペジョーネは,弓ギターないしチェロ・ギターとも呼ばれ,1823年にヴィーン人のヨハン・ゲオルグ・シュタウファーによって製作された.チェロよりも小ぶりで丸みがあるこの楽器は,金属製のフレットと6本の弦を持ち,ちょうどギターとチェロを「掛け合わせて」できたようなものである.演奏する際にはチェロとおなじく両膝にそれを挟んで弾いたが,エンドピンは付いていなかった.音色はイングリッシュ・ホルンに似ていた.この楽器の場合,和音は完全に鳴らすことができるのに加えて,その和音をきめ細かく解きほぐせるために,楽器製作の新しい情報に絶えず興味をもっていたシューベルトにとって,新しい奏法をいくつか試すという格別の魅力があるに違いなかった.」5)

2)現存する19世紀当時のオリジナル楽器

現存する当時のアルペジョーネは以下の博物館に所蔵されている.

表1 オリジナル楽器

制作者       製作年        所 蔵
--------------------------------------------------
シュタウファー  1824  ライプツィヒ大学楽器博物館
ミッタイス         1824  ベルリン国立楽器博物館
作者不詳         1825  ニュルンベルク国立楽器博物館
シュタウファー  1831  ニューヨーク・メトロポリタン美術館(Web公開)
シュタウファー  1831  ウィーン美術史美術館
シュタウファー  1832  プラハ国立楽器博物館
シュタウファー  不詳  パリ国立楽器博物館(Web公開)
シュタウファー  不詳  ザルツブルグ国立博物館


3)レプリカ楽器による音源

 アルペジョーネによる同ソナタの演奏音源については,以下がリリースされている.

①1974年, クラウス・シュトルク(Klaus Storck, 1928-2011)によるオリジナル ミッタイスモデルで弾いた演奏記録 .6)
 「シューベルト特有のメランコリックな表情がよくあらわされており,フォルテピアノの質朴な音色との組み合わせもあり,聴きなれたチェロのアルペジョーネとは大きく異なる世界を示し大変に興味深い仕上がりとなっている.」

②1980年, アルフレッド・レシング(Alfred Lessing, 1930-2013)が,シュタウファー作のオリジナル楽器によって,シュスター Schuster, ヨハン・ブルグミューラー Johan Friendrich Franz Burgmuller(1806-1874), アントン・ディアベリ Anton Diabelli(1781-1858)などのギター作曲家の作品を弾いた演奏記録.7)

③ハンブルク芸術大学室内楽教授のゲルハルト・ダームスタット(Gerhart Darmstadt, 1952-)が,アントン・ミッタイス・モデルのオリジナルの楽器で弾いた演奏記録 .8)

④若手のアルペジョーネ奏者でベルギー王立音楽院准教授ニコラ・デルタイユ(Nicolas Deletaille, 1979-)が,ベルギーのヴァイオリン製作者Benjamen La Brigueによる楽器(2001年製)で,シューベルトの同ソナタを演奏している .9)

4)楽器

①全体像

 アルペジョーネは全長約1200mmで,これはバロック・チェロとほぼ同様の長さであり,モダンチェロの3/4サイズに匹敵する.ヘッドはハンマー(金槌)型でクラシックギターのデザインを受け継いでいる.胴体はギターのように緩くくびれ,サウンドホール(音孔)はC字体をすこしなだらかな曲線にした特徴あるデザインである .

奥村治作 復元したアルペジョーネ(アントン・ミッタイス 1824のレプリカ) 

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制作者製作年 所 属      
シュタウファー1824ライプツィッヒ大学
楽器博物館
ミッタイス1824ベルリン国立楽器博物館
作者不詳1825ニュルンベルク国立楽器博ぬ掴ん
シュタウファー1831ニューヨーク・メトロポリタン美術館(Web公開)
シュタウファー1831ウィーン美術史美術館
シュタウファー1832プラハ国立楽器博物館
シュタウファー不詳パリ国立楽器博物館(Web公開)
シュタウファー不詳ザルツブルグ国立博物館

表1 オリジナル楽器

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