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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 抜粋

ヨハン・フリートリッヒ・フランツ・ブルクミュラー(Johann Friedrich Franz Burgmüller,
1806年12月4日 レーゲンスブルク- 1874年2月13日 パリ近郊)はドイツ生まれの作曲家・ピアニスト。
ヨハン・アウグスト・フランツ・ブルクミュラー(後にデュッセルドルフ市音楽監督)の長男として生まれた。

日本では入門期のピアノ教則本「25の練習曲 Op.100」で有名だが、当時は夭逝した弟のノルベルトの方が高く評価されていたらしい。

1832年以降はパリを中心に活動、ピアノの小品や少数のオペラ、バレエ音楽などを作曲している。
アドルフ・アダム作曲のバレエ「ジゼル」に数曲の小品(「村娘の踊り」など)を追加しており、
管弦楽作品としてはこれが最も聴く機会の多いものである。
他にバレエ曲「ラ・ペリ」(ポール・デュカスの作品とは別物)など。

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ところで、アルペジョーネに関する存在と、彼・ブルグミューラとの接点はあるのか?とい疑問がわく。
1823年、シュタイファーがアルペジョーネを発明し、約10年間には流行したという史実があるとする仮定した場合、1832年にブルグミューラーはまだウィーンにいたのは事実かもしれない。

つまり、1823-1833年までの1年間には、シューベルトのサロンであったシューベルティアーデにかかわっていたのだろう、と推測できる。


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