フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)は、《アルペジョーネ・ソナタ イ短調Sonate für Arpeggione und Pianoforte d-moll D821》(1824)という名曲を作曲している。その専用弦楽器,アルペジョーネArpeggioneは、制作されてから10年ほどで廃れてしまったとされ、現存する楽器も数本程度となっている。

制作者     製作年   所 蔵        
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シュタウファー 1824 ライプツィヒ大学楽器博物館
ミッタイス    1824 ベルリン国立楽器博物館
作者不詳    1825 ニュルンベルク国立楽器博物館
シュタウファー 1831 ニューヨーク・メトロポリタン美術館(Web公開)
シュタウファー 1831 ウィーン美術史美術館
シュタウファー 1832 プラハ国立楽器博物館
シュタウファー 不詳 パリ国立楽器博物館(Web公開)
シュタウファー 不詳 ザルツブルグ国立博物館

 この弦楽器は、いつ制作され、だれが演奏して、どんな場面に使われてきたのか、いつまで継続して作られ、そしてなぜ廃れてしまったのか、など非常に謎が多い幻の楽器なのである。

 この謎解きの迷路にはまって、手探りながらいろいろなルートで情報収集し、さらに楽器を復元などにも着手してきた。しかしながら、いまだ解明していない点が多々ある。

 そこで苦節数十年に及んで収集した文献やデータを吟味し読み返してみた。その中の文献には、最近入手したベルリン楽器博物館の所蔵楽器カタログがある。

 同カタログには、アルペジョーネを解説している頁があったが、苦手なドイツ語で書かれていたため、当初はさほど気にも留めなかった。

 先日、もう一度調べたところ、以下に挙げる新たな発見があった。写真にみられる挿絵には、アルペジョーネとハンマーフリューゲルという楽器のある部屋が描かれている。そして、壁にはある男性の肖像画がかかっている。

ベルリン楽器博物館の所蔵楽器カタログ

berlin1

アルペジョーネのある部屋

catalogue1

 解説文にはこう書かれている。

「1813年にWeberがハンマーフリューゲルとアルペジョーネを購入した。そして1821年にCaroline Barduaという画家がこのWeberの肖像画(油絵:ölgemälde)を制作した。」

 肖像画のC.M. von Weberとは、どんな人物だったか。いままではオペラのFreischutzを書いた人くらいの認識で、この解説を読んではじめて、“ギターを好んでいた”とはまったく知らなかった。
実際に音楽辞典で調べると、ギタリスト、ピアニストでもある多彩な作曲家であったようだ。

 ところで、Weber がアルペジョーネ(アントン・ミッタイス作)とハンマーフリューゲルを1813年に購入したという事実にピンとくるものを感じた。
 音楽辞典によると、“アルペジョーネは、1824年にシュタウファー親方が製作した”、が通説となっている。
あれれ?1824年の前、つまり1813年にはWeberがアントンミッタイス作のアルペジョーネを購入しているではないか。アントンミッタイスは、シュタウファー親方の工房弟子である。
 実際、ベルリン楽器博物館に展示されているアルペジョーネは、アントンミッタイス作1824年の楽器である。
親方が制作しているより11年前も前に制作し、このWeber に販売しているという事実があるのだ。
そうなると公表されている音楽史の表記に間違いがあるのではないか、とさえ錯覚する解説文であった。
ベルリン楽器博物館のカタログは、キュレーター(学芸員)や研究者たちが、制作者、制作年代、所有者などを精査して公開している文献であるだけに、信用性があるにちがいない。

 こうして考えると、いままでの音楽辞典の記載事項に信ぴょう性をいささかうたがってしまう。
ただし、今回の新しい発見はアルペジョーネの販売年が解読されただけである。正式に、アントンミッタイスが1813年よりももっと以前から制作していた事実は不明なので、確かな手掛かりは測れない。これも追加の謎となってしまった。

Arpeggione, by Anton Mitteis_ 1824

antonmitteis_leitmeritz_1st-quarter-19thcent_deta

 楽器工房は徒弟の家内制手工業であるだけに、当時は弟子が親方を飛び越えて、“製作したのは私です”、とは公表できなかったのだろう。
ただ、1813年にはアントンミッタイス作のアルペジョーネがプロ演奏家Weberに売られ、その後1821年にこの肖像画が描かれた。
 この空白の11年間に何等かの実績を親方が認めたことで1824-1832年にはシュタウファー親方が本格的にアルペジョーネを制作すること集中した、と解釈するのは自然だろう。

 新発見を裏付けるためには、今後、Weber に関する資料を精査する必要がある。とくに、彼が付き合っていたシュタウファー工房との手紙(楽器の注文、依頼、納品、感想コメントなど)である。
 欲を言えばきりがないが、Weberがアルペジョーネを弾いたであろう演奏会のプログラムを入手できたら幸いである。


 参考までに、この楽器カタログの解説を少し補足紹介しておきたい。

 「WeberはHammerflügelの響きをとても好んでいる。真珠のような演奏をするのに最適と評価しており、1881年Weberは遺言にこのHammerflügelをWilhelm1世に遺贈するように、と書き、それゆえにこれが王室図書館に置かれることになった。その後、蒐集された古楽器の中に、これも入れられた。・・・ (中略)・・・
ウィーンのギター製作者J.G.Stafferはチェロのように弾く、ギターのような胴体をした楽器を発明した。Bündeがありギターの調弦(EAdghe)を取り入れたその楽器を作った。6本のガット絃があり、弓で弾くギターと称している。
 それが今、私たちがArpeggioneとよんでいる楽器であり、1824年SchubertがPianoforteと弓で演奏するArpeggioneのためのソナタa-mollを作曲した。そしてそれは1871年に出版された。
 この楽器の響き、音色に関しては、美しく豊かでやさしい、高音部はオーボエのように、低音部はバセットホルンのようだ。Arpeggioneはさほど長い間使われず、現存するオリジナルのこの楽器は6台以上存在しないだろう。」


参考文献

ベルリン楽器博物館カタログ
WIKI - Weber
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参考文献

 1)CD: Mstislav Rostoropovich (cello) Benjamin Britten(piano) , the Maltings, Snape, London,キングレコード(KICC 9239),1968.
 2) “Musik für Arpeggione”, Alfred Lessing, Jozef De Been houwer Harald Mohs, (FCD 368392), 2008.
 3) “Allgemeine musikalische Zeitung”,Marz 1, 1824, p.106.
 4) 大橋敏成編『標準音楽辞典』東京:音楽之友社, 1991年, p.41.
 5) エルンスト・ヒルマー, 訳:山地良造,『<大作曲家>シューベルト』,音楽之友社, p.136, 2000.
 6) Storck, Klaus (arpeggione), Kontarsky, Alfons (fortepiano), Schubert , Arpeggione sonata, (ASIN: B0073Y13UC), 2012, Audio LP.
 7) Lessing, Alfred (arpeggione), Harald Mohs (guitar), Jozef de Beenhouwer (piano), (FCD368392), 2008.
 8) Darmstadt, Gerhart (arpeggione), Klepper, Egino (fortepiano) , Cavalli Records (CCD 242), 2006.
 9) Deletaille, Nicolas (arpeggione), Badura-Skoda, Paul (fortepiano), (FUG529), 2008.
10) 石井誠士『シューベルト,痛みと愛』東京:春秋社, 1997年, p.214.
11) Hilmar, Ernst (山地良造訳),『シューベルト』,東京:音楽之友社,2000年, p. 85.
     (書名:Schubert, Graz: Akademische Drunck-u. Verlagsanstalt, 1989.)
12) CD: F.シューベルト, アルペジョーネ・ソナタ イ短調, ガスパール・カサド編, Music & Arts(CD-780), TAHRA(TAH 231), キング(KICC 2063)
     ガスパール・カサドー・イ・モレウ,『アルペジオーネ協奏曲』, 玉川大学教育博物館,.(ISSN2186-9472), p.29-37, 2015, およびSchott,ED 1550.
13) ギター伴奏版『美しき水車小屋の娘』(ISBNコード:9790650011365), K・ラゴスニック/J. W. デュアート編~日本ショット株式会社.
http://www.free-scores.com/Download-PDF-Sheet-Music-Anton-Diabelli.htm, シューベルトとギター,

    ブログ: http://guitara.lolipop.jp/gita-mai-syu-v.htm.
    Free-Scores.com: http://www.free-scores.com/Download-PDF-Sheet-Music-Anton-Diabelli.htm
14) "Monologue" for solo arpeggione by Kris Oelbrandt Arpeggionne - Nicolas Deletaille Arpeggione, Tokyo Bruxelles Trio concert, Tokyo 2012.
    http://www.tokyo-bruxelles-trio.com/index_Japonais.html
15)Dov Rosenshein - Romance No.1-3 for arpeggione, flute and piano, Tokyo Bruxelles Trio-concert,Tokyo 2014.
    http://www.tokyo-bruxelles-trio.com/index_Japonais.html

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②調弦

 ギター調弦と同じく,E, A, d, g, h, e (4,4,4,3,4)の四度と三度を組み込んだ開放弦となっており,五度調弦であるチェロやヴァイオリン属とは異なる.

③指板

 金属のフレットを24つけている点でギターと共通する.ギター愛好家には音程をとりやすい楽器と感じたことであろう.しかも小型で持ち運びがたやすいという利便性から,アルペジョーネが使われ始めた当時はギターとのデュオや歌の伴奏などで流行したのではないかと推測できる.

5)アルペジョーネの代用楽器と楽譜

 現在同ソナタに関する演奏では,この楽器の代わりにヴィオラ,チェロ,コントラバスなどを用いて演奏されることが多い.その他,フルート,アルトサックス,トランペットなどの管楽器でも演奏されている.
 参考までに,ファクシミリ版をフランスの楽譜社フュゾ(Fuzeau)が現在も出版している.内容を見るとチェロのように縦弾きの構え方や通常のスケール練習曲,そしてボーイング奏法など基礎的な教則本となっている.

6)アルペジョーネの衰退

 アルペジョーネは1823年から1832年までの楽器しか発見されておらず,世間から忘れられた幻の楽器となって現在に至る.ではなぜ衰退したのだろうか.
 ≪アルペジョネ・ソナタD821≫を作曲したシューベルトといえば,彼の新進気鋭の音楽仲間が主催した親密な音楽サロン「シューベルティアーデSchubertiade」が知られている.
 石井によると, シューベルトの友人であるショーバー(Franz von Schober, 1796-1882)が起こした「シューベルティアーデ」は, 詩と芸術の創造性を貴ぶ芸術活動であると同時に,メッテルニヒの保守反動政策に対抗する活動でもあった.シューベルトらは, 政治的な支配からの自由を若者の力と音楽によって訴えようとした.が,公開のコンサートはなく,密会のため記録も残っていない.10)

 またヒルマーは「若者文化への監視が厳しい環境はつづき,1828年にシューベルティアーデはシュパウン(Spaun, Josef von, 1788-1865)によってシューベルトの追悼をし,これが最後のサロンとなった」と述べている .11)

 このような背景からわかるように,衰退理由を示すような資料や文献は皆無に等しい.
 
 筆者はしかし, 楽器を復元した経験から衰退理由については以下のような推察をしている.
1.楽器という側面から捉えると, 商品化が困難であったことが挙げられるのではないだろうか.当時は受注生産であったため,世間に大量には出回らなかった.
2.製作段階では金属フレットの調整が難しい.その上ガット絃や部材の調達不足などが商品化の足かせになっていたのではないかと考えられる.
3.また,ヴィオラ・ダ・ガンバのように宮廷音楽で庇護された「高級」楽器ではなく,一部のギタリストやチェリストたちの趣味として愛好されたマイナーな楽器であったため,大衆化しなかったのではないかとも考えられる.

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1. はじめに

 本論文はフランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)が作曲した《アルペジョーネ・ソナタ イ短調 Sonate für Arpeggione und Pianoforte d-moll D821》(1824)(以下,同ソナタ)の専用弦楽器,アルペジョーネArpeggioneの特徴を検討し,演奏領域(レパートリー)の可能性を図ることを目的とする.

2. アルペジョーネ復元の動機

 ところで何故アルペジョーネに関心を抱き,楽器の復元までしたのか,その動機は甚だ個人的な嗜好にある.きっかけは友人からプレゼントされたレコードであった.それはチェロの巨匠,ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich, 1927- 2007)が演奏する,シューベルトの同ソナタであった .1)
 その何とも切ない情感が漂う演奏に魅了され,それ以来アルペジョーネの情報収集に没頭してきた.情報を収集していく上で不思議なのは,本来の楽器で演奏している記録がほとんどないことである.
 また代用の楽器で演奏するのが多い反面,19世紀当時のオリジナル楽器が極めて少ない点に疑問も感じた.どんな楽器なのだろう,その単純な疑問からスタートして情報を探し回ったものの,手掛かりは欧州の楽器博物館や工房などの写真しかなかった.
手に入らなければ自分で作ってみようと思いたった.無い物ねだりのような製作の出発から,試行錯誤の末にようやく自作オリジナルのOKモデル,そしてレプリカのアントン・ミッタイス(Anton Mitteis, 1824)を完成させた.

3.アルペジョーネに関わる三大Sの人物

 アルペジョーネに関わる人物には,偶然ながら頭文字のSが共通する3人の偉人がいる.
 一人目は,アルペジョーネという弦楽器を1823年に発明した,ギター工房のヨハン・ゲオルク・シュタウファー(Johann Georg Staufer, 1778-1853)である.
 二人目は,作曲家フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)である.彼はアルペジョーネのために書かれた,著名な唯一の作品《アルペジョーネとピアノのためのソナタ》を1824年に作曲した.
 そして三人目は,チェリストのヴィンセンツ・シュスター(Vincenz Schuster, 生没年不明)であり,1824年末,同ソナタを初演した.1824年末,シュスターは,ウィーンのディアベッリ社から教則本を出版し ,通算5回,同ソナタを併せて演奏している.2)

 同ソナタを作曲するきっかけや依頼には諸説ある.「同ソナタの作曲の依頼は,楽器製作者のシュタウファーだ」という説がある一方 ,「シューベルトに同ソナタの作曲を依頼したのはシュスターではないか」という説もある .

 アルペジョーネの楽器の記事が掲載された記録には,次のようなものがある.まず, フリードリヒ・アウグスト・カンネ Friedrich August Kanne(1778-1833)が,1823年『音楽報知新聞Allgemeine musikalische Zeitung in Leipzig』に「ロマン主義の悲しい死」と題する論文でこの楽器の解説をしている.
 そして1824年の同誌にもその説明がある.「ギターの形状に似て,大ぶりであり,巻きガット絃が張られている.弦は弓の中央部で演奏される.音色の美しさ,豊かさ,愛らしさで高音域はオーボエに近く,低音域はバッセトホルンに近い.容易に半音階のパッセージと重音の奏法ができる仕様となっている」 .3)
 三大Sの偉人のうち,作曲家シューベルトはこの楽器のためにソナタを1曲書いたが,若くしてこの世を去った.楽器はその後約10年間流行したようだが廃れ,現在は幻の楽器となっている.

4.アルペジョーネという弦楽器の概要

1)定義・特徴

 アルペジョーネは,『標準音楽辞典』(1991年版)によると,「チェロの演奏技術を応用したギター」4) .これは弓で弾くギター(bowed guitar)の直訳である.
 ニューヨーク・メトロポリタン美術館は,「弓で弾くフレット付ギターの弦楽器(Chordophone-Lute-bowed-fretted)」などと,いずれも簡潔に定義している .
 ヒルマーはアルペジョーネの特徴を次のように的確に述べている .
 「アルペジョーネは,弓ギターないしチェロ・ギターとも呼ばれ,1823年にヴィーン人のヨハン・ゲオルグ・シュタウファーによって製作された.チェロよりも小ぶりで丸みがあるこの楽器は,金属製のフレットと6本の弦を持ち,ちょうどギターとチェロを「掛け合わせて」できたようなものである.演奏する際にはチェロとおなじく両膝にそれを挟んで弾いたが,エンドピンは付いていなかった.音色はイングリッシュ・ホルンに似ていた.この楽器の場合,和音は完全に鳴らすことができるのに加えて,その和音をきめ細かく解きほぐせるために,楽器製作の新しい情報に絶えず興味をもっていたシューベルトにとって,新しい奏法をいくつか試すという格別の魅力があるに違いなかった.」5)

2)現存する19世紀当時のオリジナル楽器

現存する当時のアルペジョーネは以下の博物館に所蔵されている.

表1 オリジナル楽器

制作者       製作年        所 蔵
--------------------------------------------------
シュタウファー  1824  ライプツィヒ大学楽器博物館
ミッタイス         1824  ベルリン国立楽器博物館
作者不詳         1825  ニュルンベルク国立楽器博物館
シュタウファー  1831  ニューヨーク・メトロポリタン美術館(Web公開)
シュタウファー  1831  ウィーン美術史美術館
シュタウファー  1832  プラハ国立楽器博物館
シュタウファー  不詳  パリ国立楽器博物館(Web公開)
シュタウファー  不詳  ザルツブルグ国立博物館


3)レプリカ楽器による音源

 アルペジョーネによる同ソナタの演奏音源については,以下がリリースされている.

①1974年, クラウス・シュトルク(Klaus Storck, 1928-2011)によるオリジナル ミッタイスモデルで弾いた演奏記録 .6)
 「シューベルト特有のメランコリックな表情がよくあらわされており,フォルテピアノの質朴な音色との組み合わせもあり,聴きなれたチェロのアルペジョーネとは大きく異なる世界を示し大変に興味深い仕上がりとなっている.」

②1980年, アルフレッド・レシング(Alfred Lessing, 1930-2013)が,シュタウファー作のオリジナル楽器によって,シュスター Schuster, ヨハン・ブルグミューラー Johan Friendrich Franz Burgmuller(1806-1874), アントン・ディアベリ Anton Diabelli(1781-1858)などのギター作曲家の作品を弾いた演奏記録.7)

③ハンブルク芸術大学室内楽教授のゲルハルト・ダームスタット(Gerhart Darmstadt, 1952-)が,アントン・ミッタイス・モデルのオリジナルの楽器で弾いた演奏記録 .8)

④若手のアルペジョーネ奏者でベルギー王立音楽院准教授ニコラ・デルタイユ(Nicolas Deletaille, 1979-)が,ベルギーのヴァイオリン製作者Benjamen La Brigueによる楽器(2001年製)で,シューベルトの同ソナタを演奏している .9)

4)楽器

①全体像

 アルペジョーネは全長約1200mmで,これはバロック・チェロとほぼ同様の長さであり,モダンチェロの3/4サイズに匹敵する.ヘッドはハンマー(金槌)型でクラシックギターのデザインを受け継いでいる.胴体はギターのように緩くくびれ,サウンドホール(音孔)はC字体をすこしなだらかな曲線にした特徴あるデザインである .

奥村治作 復元したアルペジョーネ(アントン・ミッタイス 1824のレプリカ) 

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