アルペジョーネソナタには、ナポリ6度の典型が使われている。池辺晋一郎氏の「シューベルトの音符たち」、そして丸山 智氏の「ナポリ6度について、Homepage」によると、シューベルトの作品にナポリの六度が頻繁につかわれていると記されている。

丸山 智氏の「ナポリ6度」によると、一般的な和声進行でいうイ短調の場合、コードネームでは次のように機能の安定した和声の進行がある。
Am → Dm → (Am/E) → E → Amトニカ(主和音)→サブドミナント(下属和音)→(トニカの第1転回形)→ドミナント(属和音)→トニカ
ところが、ナポリの六度では、Am → B♭/D → (Am/E) → E → Am
トニカから移るサブドミナントの構成音は、A ではなく B♭へと変化する。基本軸ルートはB♭ではなく D になる。

ナポリの六度という六度とは、ルートから数えてB♭が短六度に変化することが起因することでそのようにいわれる。

では、ナポリの六度を使うことはなにがメリットなのか?

これはメロディラインからいうと、スムーズなアーティキュレーションとなって、いわば“なだらかさ”を表現できるのだ。バッキングとしての和音としても、不協和という音を重ねることによって、緊張感や意外性を表せることが可能である。
例えが適当かどうかわからないが、わさびの効いた刺身を食べる乙な感じかもしれない。または わさび抜きや酢が効いていない寿司はまずいからだ。

アルペジョーネ ソナタについて、 譜面をピアノ伴奏についてみてみよう。

6―9小節のパートでは、以下の和声が続く。
Am B♭/D | (F7/E♭) B♭/D | Am/E E7 |E7 Am |

ほかのパートについては、和声進行がアルペジョーネのメロディがはじまって以来、16小節目に現われ、また17小節にも続く。 それ以降では、18―20小節まではすべて(間にF7が挿入しつつも)B♭/Dが存在する。
コード進行はナポリの6度が全体の基本になっていることで、ナポリの六度を多用しているケースとなっている。途中に(F7/E♭)が挿入されてはいるがこれはイレギュラーだ。

シューベルトのこのナポリ6度を使っている作品は他にどんなものがあるのかについて、

参考までに調べてみた。例えば、四重奏曲断章ハ短調 D703 では、9小節がD♭の和音が軸となっている。また他にも、弦楽四重奏曲の「死と乙女」、「ロザムンデ」でもその偏重さがみられるという。

ナポリ6度の効果的な応用事例では、特例として魔王にも見られる。シューベルトが1815年頃に作曲したリート(歌曲)に『魔王』(まおう、Erlkönig)がある。魔王の声の部分には、ハ短調のナポリ調(ナポリの六度の和音調)という変ニ長調で歌われる。
全体に最初が平行調変ロ長調、次いでハ長調、そして変ニ長調と、調が上がってくることで、高揚感とともに緊張感が伝わってくる。ピンポイントには終結パートで、このナポリ6度の和音が効果的に使われることによって、息子の死を宣告する様子が劇中のイメージをさらに強めている。
いわばショッキングな音楽療法というべきこのナポリ調子こそが、シューベルトの転調手法の粋さを表している。

シューベルトの作品に和声に対する執着もあってか、各ジャンルにその活用の片鱗が垣間見える。これが10歳代ですでにいくつか起用していることを考えると、たぶん音楽教師の巨匠サリエーリの指導力は見逃せないと思う。時代は古楽の分野で遡るが、コレルリやイギリスの作曲家であるパーセルなどでも、ナポリ6度を効果的につかったケースが歴史的な作品もある。

こうした古楽の研究には、サリエーリの豊富なノウハウをシューベルトもわかいながらも貪欲に吸収し自分なりに消化する時期があってこそ、このような作品に反映されたのではないだろうか。

ところで、アルペジョーネは語源的にみると、アルペジオ(分散和音)→アルペジョーネ(和音を演奏できる楽器)→アルペジョーネソナタ(アルペジョーネを使った和音研究ソナタ開発)へと因果連鎖もあると考えるのはあながちそれほど偏った論理展開ではなかろう。

10代にいくつかの作品に応用してきた和声をアルペジョーネソナタで一気にまとめてみたソナタであったのではとおもうのだ。古典のナポリ6度という和声学を勉強し、自分のアルペジョーネソナタへ収斂するという積極さとチャレンジ精神を見て取れる。

結論として、シューベルトは“さすらい”ながら、刺激的な作品をつくるべく、ナポリ6度の適応を試行錯誤していたのである。
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